コラム

弁護士は危険な仕事である!

                              2026/1/27

弁護士は危険な仕事である!

                           弁護士 北村明美

 

1.アパートの住人から、「代紋と200万円が無くなったから賠償せよ」という訴訟を起こされるなんて思いもしなかった。

 

 2026115日、東京都杉並区で立ち退きの強制執行中に、執行官と家賃保証会社の社員の二人が住人に刺され、社員の方が亡くなったという痛ましい事件が報道された。

 

2.以前は、家賃保証会社というビジネスがなかったので、立ち退きを求める強制執行には、弁護士やその事務員などが立会ったものである。

 そのアパートも、住人が家賃を一年以上支払わず、大家さんが出て行ってくれるよう頼んでも退去してくれなかった。困った大家さんはA弁護士に相談した。弁護士費用や執行費用がかかってもいいから、なんとかその住人を退去させてほしいと真剣だった。

 A弁護士は、家賃不払いを理由とするアパートの貸室明渡し及び不払い家賃等を請求する訴訟を提起した。住人は出頭しなかったので、すぐ勝訴判決がもらえ、確定した。

 弁護士から、判決が下されたから退去するよう速達を出したが、効果がなかった。

 立退きの強制執行を執行官に申立てた。執行官はすぐに強制執行せず、まず現地へ行って、任意に退去するよう話をしようと試みてくれた。しかし、住人は留守だったので、退去することを促す書面をポストに入れてくれたが、住人は退去しなかった。

 やむをえず、立退きの強制執行だ。

 その日も住人は留守だった。執行官を先頭にして、A弁護士と事務員、大家さん、手伝いの人がその貸室に入ると、柱から柱へ、ビニールひもが渡してあって、洗濯物とスーツが一着ハンガーにかけて、ぶらさげてあった。電化製品もあまり見当たらず、大家さんや手伝いの人は、用意していた段ボール箱に衣類などを入れていった。

 壁に貼ってある書面を見つけた。〇〇組、△△組と書いてあって、組織図のようなものであった。「先生、これは、ひょっとしたらヤクザの組織図じゃないでしょうか?」と執行官に聞くと、「そのようですね。気をつけて、執行しましょう」と答えられた。

 住人が留守だったので、強制執行中、トラブルは全くなかった。大家さんには、段ボールや布団などを物置に保管してもらい、鍵を変えてもらって、強制執行は終わったのである。

 

3.ほっとしたのもつかの間、裁判所からA弁護士の元へ、訴状が届いた。「代紋と200万円がなくなった。A弁護士は賠償せよ」。ヤクザの住人の本人訴訟であった。第1回期日に出頭した原告席の住人を、A弁護士は初めて見た。

 第2回目と第3回目、住人は出頭しなかった。裁判所に無断であった。裁判官は「原告から訴え取り下げがあったものとみなしますが、それでもいいですか」(民事訴訟法263条)と言われたので、A弁護士は「はい」と答え、裁判は終わった。

 

4.さらに、おまけがついた。それからまもなく、警察官が訪ねてきた。「恐喝をやったBという者を逮捕したのですが、その動機が、A弁護士にアパートを追い出され、住むところも金もなくなって、やむをえず恐喝をやった、と言っとるんですよ」。「えーっ」とA弁護士は思わず叫んだ。

 そもそも家賃を支払わないのが悪いのに、なんで代理人にすぎない弁護士のせいにするんだ。しかも、逮捕されたから自分の起こした裁判に出頭できなかっただけで、逮捕されていなかったら、裁判をやり続けたのだろうか。

 幸いというか、大家さんや執行官は、ターゲットになっていなかった。ターゲットになったのはA弁護士だけであった。

 

5.その後、お礼参りのようなこともなかったので、A弁護士は心からほっとしたのであった。

 弁護士が仕事に関連する人物に刺されたり襲撃された事件はいくつもある。加害者は暴力団やオウム真理教だけではない。離婚事件の相手方のこともある。

 弁護士は、生命の危険を伴うこともある仕事なのだ。

 

※本記事は実際の裁判事例を参考に構成していますが、賠償額等を含む事案の一部内容を実際とは異なる形で表記しています。